2018年8月10日金曜日

73年前の記憶を後世に

73年前の夏、何度も空襲にあった桑名市。7月に受けた2度の大きな空襲では、合わせて657人が犠牲となり、負傷者は1000人余りにのぼりました。
戦争体験をこれまで誰にも語ることができなかった、桑名市に住む伊藤すなほさん、87歳。14歳のとき空襲を体験した伊藤さんにとって、73年前の記憶は、思い出したくないほど悲惨なもので、これまで誰にも語ることはありませんでした。しかし、地元の人の後押しもあり、趣味だった絵で当時の様子を表現、去年初めて、小学生を前に体験を語りました。そして、今年、その証言を、地元の劇団が朗読劇にし、多くの人に発信されました。伊藤さんは「子や孫にも戦争の恐ろしさを伝えていき、平和の喜びを感じてほしい」と話しています。

二度と戦争をしてはならないと語る体験者の思いや、貴重な証言を後世に残そうと活動する劇団の活動の模様を、8月13日(月)三重テレビニュースウィズ(午後5時40分~、午後9時55分~)で放送します。ぜひご覧ください。

また三重テレビニュースウィズでは、8月16日(木)まで、終戦に関する特集を、連日お伝えする予定です。

2018年7月30日月曜日

デスク席から(47)「あれから18年」

2000年の7月31日も、大変暑い日でした。
この日、大阪市の太融寺では、あるジャーナリストの告別式が行われていました。遺影には、黒田清さんの顔。
黒田さんは新聞社の社会部長を務めた後、大谷昭宏さんらと黒田ジャーナルを立ち上げました。
◆黒田清さん

戦争や差別に反対する姿勢を貫いたほか、読者とのキャッチボールによるミニコミ誌「窓友新聞」を発行。“小さな全国紙”とよばれました。
私が大学生の頃、大学祭の実行委員をしていて、講師をしていただいた黒田さんと接する機会がありました。
あらかじめ著書を読んでいて、堅苦しい人かな?と想像していたのですが、お会いすると全く違っていて、おおらかで優しい方でした。

三重テレビへの入社が決まった私が手紙でそれを報告すると、黒田さんはこんなお返事をくれました。
「いろんな問題にぶつかると思うけど、しんどくても手を抜かないでやりなさい。それが君の血になるのだから」
丸っこい文字で書かれたこの手紙は、今でも大切に残しています。

黒田さんと初めてお仕事を一緒にさせてもらったのは1998年の秋。三重テレビの情報番組「おもいっきり〇(マル)ミエTV」の報道コーナーのコメンテーターとして出演いただいた時でした。
この回では「青い目の人形(アメリカから友好親善の証として送られた人形)」を取り上げたのですが、黒田さんは、1本のビデオテープを持ってきてくれたのです。
「僕が出ているテレ朝の番組でも同じテーマを取り上げたことがあるねん。参考になると思うで、良かったら見とき」と。

そして番組の放送が終わり、黒田さんの事務所にお礼を伝えなければ、と思っていた矢先に、丸っこい文字のハガキが届きました。
「番組が楽しい雰囲気で良かったです。私で良かったらいつでもよんで下さい」。先を越されました。

最後にお会いしたのは2000年の4月。大阪・吹田の万博公園で開かれた「黒田ジャーナル・窓友会」の花見でした。
黒田さんはがんと闘っていて先が長くないと知っておられたのか、初めて参加した私をいろんな人に引き合わせてくれました。新聞記者さん、盲目の落語家、市民活動をやっている人…。ありがたかったです。
黒田さんからは、ジャーナリズムはもとより、取材対象者や関係者への心配りを教わった気がします。 
  
          ◆黒田ジャーナル・窓友会のお花見2000年)

あれから18年が経ちました。厳しい局面はありましたが、精一杯やってきたつもりです。
この間、ハンセン病問題などのテーマに恵まれ、幸い賞をいただいたこともありました。私には、黒田さんがくれたご褒美のように思えてなりません。
でも気を引き締めていやっていかねばと思っています。しんどくても手を抜かずに…。

7月31日が来ると、暑い太融寺と丸っこい文字を思い出します。

2018年7月3日火曜日

デスク席から(46)「節目の年に」

入社して28年が経ちました。
ともすれば、思い上がったり、感謝の気持ちを忘れたり、怠け癖が出たりする自分に気づきます。
年に1回、そんな姿を反省させられる時があります。
それは、高校球児と出会う時。
といっても、私が直接取材する機会はほとんどないので、アナウンサーや記者が取材した映像や中継画面を通して…なのですが。
「みんなのために力を尽くす」「周囲の人の支えに応えたい」「毎日普通に野球が出来る事に感謝」…こういう事って、今の大人の社会も忘れがちな事ではないでしょうか。
そんな爽やかな球児の頑張りを、三重テレビ制作陣の奮闘とともにお伝えします!
7月12日(木)は好評に応え、高校野球三重大会の100回を振り返る「HEROES」を100分に拡大して午後7時から放送。
開幕する13日(金)には午後7時30分から「開幕スペシャル」と題して開会式、開幕試合、大会の見どころなどを紹介します。
14日からは大会の模様を生中継。3回戦と準々決勝はマルチチャンネルで同時生中継!
また準々決勝以降は夜にダイジェスト番組を放送します。
これらの放送を通して、試合の様子を伝えるとともに、選手の表情にも迫ってゆきたいと考えています。
また100回の記念すべき大会に、新たな実況アナウンサーが加わります。
若林希アナ。いま先輩アナの指導を受けて懸命に取材・練習をしていますので、あたたかい目で見守ってもらえれば嬉しいです。
なお「三重テレビニュースウィズ」でも、7月4日(水)から、シード校紹介コーナーや「100回大会企画」を予定しています。
100回大会という節目を迎え“三重テレビの高校野球”はますますパワーアップして皆さんの元にまいります。ご期待ください。

2018年6月20日水曜日

おかあちゃんはディレクター vol.25
「おかんは編成部」

 去年、報道制作部から編成部へと異動になった。しかし、完全な異動ではなく、数本の番組だけは引き続き担当するという兼務なのである。よって私が使う名刺には、「編成業務局 編成部 兼 報道制作局 報道制作部 副部長」という、やたら長い肩書きが記入されている。もちろん、すっきりさっぱり分かりやすい一段で明記することは出来ず、読みにくい二段仕様になって書かれている。
 
 編成部がメインとなった今は、ネットでのニュース配信も行っている。Yahoo!(月~金曜日)とLINE (月・水・金)で配信するのであるが、ネット社会のスピードの早さに今さらながら驚いている。ネタによっては、地域ランキングの上位に食い込むこともあるが、僅か数秒後にはまた埋もれていく。

 三重テレビでは、去年から「LINE NEWS」、そして今年1月からは「Yahoo! NEWS」の配信を始めた。ニュースを配信すると、心温まるほっこりする意見からここでは記せないような辛辣な言葉まで、様々な書き込みが目立つ。即座に反応が分かるネットニュースという土俵は、かなり貴重な場だといえる。
 しかし一方で、各国で問題となるフェイクニュースのように、真実ではないニュースが真実を伝える本当のニュースよりも拡散されてしまったりと、どのニュースサイトを信じたらいいのか不安を覚える人も少なくはないはずである。
 
 三重テレビが放送している「ニュースウィズ」では、その日に起きた事件や事故、季節ネタなどを伝えている。「視聴者が知りたい情報」というよりは、「今日、伝えなければならない真実の情報」を放送している。視聴率やPV数を伸ばしたいだけならば、「視聴者が知りたい情報、見たい話題」だけを報じることが近道なのだとは思う。しかし、現実に起きている事実とそれに関わる人々の想いを伝えることこそが、小さな町の小さなTV局のなすべきことだとも思う。それこそが、三重テレビの信用につながると考えている。

 な~んて、偉そうなことをズラズラと書き連ねる私は、かなりのカッコつけしぃで、本音は、日々、PV数に一喜一憂しているのである。前日のニュース配信のPV数がどこまで伸びたか、全国の配信局で何位につけているのか、それはそれは気にしぃな毎日だ。
 特に、月に1度のグルメ特集(「LINE NEWS」配信)で、力を入れたネタが伸び悩んだ時など、朝からガックリ肩を落としている。「数字なんて関係あるかいなっ」とは、なかなか言えない小さな私である。

 ネット配信のニュースは、ほとんどが斜め読みだと思われる。しかし、そこから伝わる故郷の情報、満員電車の中でクスっと笑え、ランチの途中でホロっと涙を流せる話題。ネット上では瞬時に消えようとも、しばらくの間は心に残る故郷の情報を何とか届けたい。時代遅れと言われようとも、ローカル局だからこそ伝えられるものがあると信じて、新たな土俵に挑んでいきたい。

「Yahoo! NEWS」月~金 12:50配信  
「LINE NEWS」月・水・金 12:04配信

2018年6月13日水曜日

小学生時代の記憶

私は、小学生時代のあらゆることを、やけに鮮明に覚えています。ハンドベースをする時のチーム決めの取り合いっこでだいたい真ん中ぐらいで選ばれていただとか、「お前あの子が好きなんやろ~」と友達をからかい続けたら大げんかになっただとか、学校からの帰り道はずっと塾をさぼる理由を考えていただとか… 小学校の取材を続けている時に、ふとそんなことを思い出し、まわりの人たちに話すと、「そうそう、私も結構覚えている」という反応が返ってきました。

そんな小学生時代に、地元の歴史や文化に触れることは、後々の愛着につながる大切な教育だと今回の取材で感じました。先月30日に放送した番組『まなび舎』では、志摩市阿児町にあった安乗小学校の閉校とそこにある伝統芸能「安乗の人形芝居」を中心に取り上げ、地元と学校の結びつきについて表現しました。地域の中心にいつもあった学校が無くなる。そのことの重大さを、地元の人たちの表情や言葉の端々から感じ取っていただけていれば幸いです。

今後は、少子高齢化の加速に伴い、ますます学校の数は減っていくことが予想されます。これからもこのテーマの取材を続け、学校の消滅という地域衰退への第一歩を踏み出してしまった地域の人たちが、そこにどのように抗っていくのかを見つめていきたいと思っています。

2018年5月30日水曜日

デスク席から(45)「この場所を照らすメロディ」

ハンセン病と三重県の関係を長年取材してきた関係で、国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)に、年に数回行かせて頂きます。
 毎回様々なテーマで企画展を開催されていますが、今回のテーマは「この場所を照らすメロディ」。(7月31日まで開催)
 全国のハンセン病療養所で行われていた音楽活動がテーマです。長島愛生園(岡山県)の青い鳥楽団、松丘保養園(青森県)の楓音楽クラブ、星塚敬愛園(鹿児島県)のブルースカイ楽団など、各療養所には、楽団や音楽サークルがありました。
 目が見えない入所者も多かったことから、ある人は点字の楽譜を舌読し、ある人は不自由な手で楽器と向かい合いました。そして、園内外で演奏活動を行ったのです。
 企画展の会場では、かつての写真や映像を見ることができるほか、実際に使われた楽器の数々も展示されています。バイオリン、マンドリン、ギター、サックス、ハーモニカ…。入所者は、身体の状態に合わせた楽器を選んだようです。
 また会場には、「青い鳥行進曲」など青い鳥楽団の(かつての)演奏が流れていましたが、様々な背景を知った上で聞くと、感じるものが違います。




 
 ところで、資料館は常設展も充実していて、ハンセン病に関する歴史や、元患者の闘いの足跡、現在も残る課題などが展示されています。

 久しぶりに常設展の会場に入った私は、最後の部屋で足がとまりました。それは「取り戻せていないもの」と題がつけられたガラスケースで、中には、4つのワードのみが展示されていました。
 それは……「社会との共生」「家族との絆」「入所前の生活」「人生の選択肢」。
文字だけのシンプル展示ゆえ、より心に響きました。
 国立ハンセン病資料館…ぜひ足を運んでみて下さい。西武池袋線・清瀬駅からバスで約10分。月曜日が原則休館です。

 なお、三重テレビ放送では、Yahoo!ニュース特集と共同で、ハンセン病に関する特集の配信を行っています。ぜひご覧ください。

2018年5月14日月曜日

デスク席から(44)「今月も注目を」

三重テレビ放送ではいま、いくつかのドキュメンタリーを制作しています。

 まず小さな種が芽を出すとき~地域医療にかける若き医師~。過疎が進む紀南地域で医療活動を続ける医師にスポットをあて、取材・編集に奮闘しています。若き医師はどうして過疎地の医療に力を尽くすのか?昨年から取材してきた内容を55分にまとめました。5月28日(月)午後8時から放送です。 



 「学校」を追った番組も。三重テレビニュースウィズでは、児童数の減少により3月で閉校になった志摩市の安乗小学校を特集で取材してきました。番組では、昨年秋からの安乗地区の表情をお伝えするほか、かつて地域から学校が消えた県内外の自治体のその後も取材し、学校がなくなった後に地域が生き残る姿を展望します。まなび舎は、5月30日(水)午後8時から放送です。
いずれも、若手ディレクター渾身の作。

 また、年始に放送し好評をいただいた「行者のみち~比叡山千日回峰行者の祈り~」5月24日(木)の午後10時15分から再放送が決定。大変な修行を続ける行者に長期間密着した貴重な映像に注目を。語りは松平健さんです。

 そして、夏の高校野球が100回大会迎えることを記念し制作した「HEROES~あの夏、僕らは白球を追いかけた~」5月19日(土)正午から再放送!県大会の決勝を中心に、過去の熱戦の映像をご覧いただけるほか、三重テレビの高校野球中継を盛り上げてくれた方々も出演。

 そして、これは放送ではありませんが、私が2001年から取材してきたハンセン病問題。2月にYahoo!の記者・カメラマンの方と、岡山県にある国立ハンセン病療養所・長島愛生園を訪ねました。入所者自治会長の中尾伸治さんや、主任学芸員の田村朋久さんのインタビューを中心に、差別の過去と、将来への展望をまとめています。「Yahoo!ニュース特集」…ぜひご覧ください。


(撮影:後藤勝さん)

今月も、三重テレビ放送がお送りする番組やコンテンツにご期待ください!