2019年1月31日木曜日

デスク席から(53)「元原告が残したメッセージ」

「わかってほしいから言うとるんです。俺もあと長く生きとれやへんで(生きることはできないから)生きている間だけでもわかってもらえたらな、と」「公害が悪かったという理屈をわかってくれたらと思うから、その気持ちがあって喋ってる」

四日市公害訴訟の元原告で、晩年まで語り部活動を続けた野田之一さんの言葉です。
Yahoo!ニュース特集班と共同で取材させてもらったのが昨年の8月。
大変暑い日でしたが、しっかりと話して下さいました。
その野田さんが1月25日、気管支ぜんそくのため、87歳で逝去されました。
まさか取材から半年もたたないうちにお亡くなりになるとは…。

私が初めて野田さんを取材させてもらったのは、1996年の夏。
四日市市が主催した環境に関する催しに、初めて元原告が招かれた時でした。
この時、野田さんは「“ありがとう”と言えるのは6割くらい」と語りました。
「ありがとう」という言葉には、こんな背景があります。
実は野田さんは、1972年に四日市公害訴訟に勝訴した時、「四日市に青い空が戻った時に“ありがとう”と言いたい」と話していたのです。
1996年には「6割くらい」と話していた野田さんですが、昨年インタビューした時には、少し変わっていました。
「いま思うと、あの時(1972年)に俺は大きなことを言うたかもわからんけども、“ありがとう”と言うのは、俺が言うんじゃなくて、世間の人が“ありがとう”と思ってくれれば、それでええ。公害で一生懸命やったけど良かったなと、ひとりでも思ってくれたら、それでええ。それでもうたくさん」

野田さんが残した“遺言”ともいえるメッセージを受け止め、青い空を守っていく責任があると感じました。
ご冥福をお祈りいたします。

※三重テレビ放送とYahoo!ニュース 特集の共同企画「四日市ぜんそくを語り次ぐ人々」は、以下からご覧いただけます。
https://news.yahoo.co.jp/feature/1171